. . |
◇トップページ > 管理人の日記 > 2020年11月の記事
管理人の日記ログ
2020年11月の記事を 更新が新しい順に 全て表示しています。
古い順に表示する
ヴァイオウゥ ハザアアァァァァーゥ… |
先日、カプコンの「バイオハザードRE:2」&「RE:3」(共にPS4/Zバージョン)をクリアーしたので、その感想を書いてみたいと思います!
…まず、これらのゲームは、言わずと知れた「バイオハザード」シリーズの初期作である『2』と『3』の完全リメイク作品であり、『RE:2』は2019年1月に、『RE:3』は2020年4月に、それぞれPS4などで発売された。初代PSでの『2』『3』は、それぞれ“ラジコン操作”と呼ばれる特徴的な操作方法のサバイバルアクションであったが、『RE:2』『RE:3』は、『バイオハザード4』〜『6』をベースとした、シューティングスタイルのアクションゲームとなった。そして、言うまでもないが、グラフィックを始めとした演出面は、現代のゲーム作品として見劣りしないレベルに強化されている。
――さて。この『バイオハザードRE:2』については、以前に単独記事を書いたことがあって、それは「1-Shot
DEMO」と呼ばれる、特殊な体験版についてである(【日記:2019/1/18】)。そのプレイ時間は、なんと1回きり・30分と限定されており、やり直しをすることができない。ただし、難易度が特別に高いわけではなく、そもそも普通の「体験版」なら30分すら遊ばない人も多いだろうから、そういうところを考えて、面白い宣伝手法であると言える。その時の感想としては、「グラフィックは海外大作並み」「システムもアクションとホラーが絶妙に融合している」とベタ褒めであり、すぐに購入こそしなかったものの、いつかは遊んでみたいゲームとして、強く印象に残っていた。そして今回、いつもやってるPSstoreのセールで、『RE:2』『RE:3』のセットが手頃な値段になっているのを発見し、PS5時代までに遊んでおきたいと思って、購入したのである。
そんな『RE:2』『RE:3』は、原作の面白さと衝撃を現代に蘇らせた、リメイクの成功例になっていると感じた。
…まず、体験版でも味わえた「グラフィックの良さ」と「ゲームシステムの良さ」は、製品版でもそのままであり、海外大作なみのハイクオリティなグラフィックで、ゾンビの徘徊する街や施設を探検できる。ゲームシステムは、基本的にはシリーズ中期の『4』〜『6』のようなシューティングスタイルを踏襲しているものの、作風はシリーズ初期のようなホラー寄りとなっており、中期での「身長3mくらいで木の仮面を付けたアフリカ原住民が斧を持ってにじり寄ってくる」といった(;^o^)「これ笑うべきなのか!?」みたいな感じにはなっていない。その意味で『RE:2』『RE:3』は、『1』〜『3』のホラー感と、『4』〜『6』のアクション性の、良いとこ取りという作品になっていると言えるだろう。
――その他、本作を含むバイオハザードシリーズの特徴として見逃せないことが、各種セールに頻繁に登場していることである。私が買った時は、『RE:2』『RE:3』の2作セットで6000円であり、発売当初の定価から見ると、約6割引きの大セールになっている。これ以外にも、本シリーズはセールに精力的であり、旧シリーズ作品などは、安売り時に1000円程度で買えることもある。これについては、ダウンロード販売であるため、遊びたい時に気軽に手を出せる作品になっていると言えるだろう。今回のハロウィンセールがなければ、私もプレイしなかったため、こういう施策は嬉しい限りである。
さて。ここからは、それぞれのシリーズ作について、内容を掘り下げて語ってみようと思う。
…まず、『RE:2』については、レオン1st→クレア2ndの順でプレイした。グラフィックやシステムの良さは既にくどいほど書いたので省略として、序盤の警察署と中盤の下水道で、それぞれ1回ずつ猛烈に詰まって、あちこちを行き来させられてしまった。やれ、バイオハザード2の警察署は、美術館を改装したという設定があり、そのために様々な仕掛けがあるということだが、どう考えても「お化け屋敷が前身」の誤りであろう。ちなみに、全編で一番ゾワッとしたのは、警察署地下の死体安置所の例のアレである。ごめん、ちょっと虫系は許しがたい…。これ、ちょっと前まで虫を爆殺するゲームをやっていたとは思えない感想(【日記:2020/9/24】【2020/10/25】)だな。そんな感じで、原作と同じところと変わっているところ、その両方を私は楽しめたが、ラスボスが尻切れトンボ気味なのと、1stシナリオと2ndシナリオがあまり大きく変わらない点は、残念であった。
――続いて。『RE:2』のクリア後に解禁された数々のミニゲームはひとまず置いておいて、『RE:3』のほうをプレイした。グラフィックの良さは前作から更に向上しており、特に「火」の表現に強いこだわりを感じた。そのおかげで、足元を数秒あぶられるだけで死ぬ貧弱ジルさんが誕生してしまったりもしたが…。難易度は前作より高めだが、分かりやすい弱点部位に分かりやすい弱点攻撃を打ち込まれると即死するハンターγさん(ただし、某所で後ろのコンテナから出てくる虐殺行為はNO)、「扉を開ける→手榴弾を投げ込む→扉を閉める」で瞬殺されていくハンターβさんなど、おぞましい見た目に反して、可愛げのある敵が多かった。ただし、ラスト2戦のボスはノーサンキューである。本作の“あえてアクション性を下げた作風”に、ああいう方向性は向いていないだろう…。やれ、『RE:3』は、『RE:2』と比べてあまり評判が良くないようだが、私としては“対を成す良作”として楽しめた。ただ、「RE:2からあまり進歩していない」「本編ボリュームが少なくミニゲーム類も無い」「高難易度がタチの悪い死にゲーと化している」という感想も、分かる気がする。
そんなわけで。セール時に買った、『バイオハザードRE:2』と『RE:3』は、初代PS時代の名作をベースとした、お手本のようなリメイク作品であった。私のように、サクッと1周するだけでも、十分に価格以上に楽しむことができるし、どっしりと腰を据えて遊ぶことも可能であろう。さすが、アクションゲームのカプコンである。PS4での展開はこれで終了だろうが、今後もPS5など次世代機に移行しての新作・リメイクに期待できるはずだ。
…ちなみに、『バイオハザードRE:2』『RE:3』は、その情報公開や発売の時期から、「FF7リメイク(第1弾)」とよく比較され、私もどちらかをどちらかの“叩き棒”にするような言説をしていた。しかしながら、蓋を開けてみると、どちらもPS4世代を代表できるような良作となっていた。やれ、私は、PS4の初期くらいには、日本のゲーム業界はすっかり駄目になってしまったと思っていたが、世の中わからないものである。
――さて。私の中の「PS5世代の前に遊んでおきたいゲーム」も、あらかた片付いてきてはいるが、まだまだ手を付けていない作品は残っている。バイオハザードシリーズの中でも、『6』(PS3版)と『7』(PS4版/VRも所有)は“持っているが未プレイ”の状況であるため、この機会にやってしまうおうかなあ。
(2020年11月11日)
謎の古代遺跡を守るのを辞めた
兵器ブリオン |
もし、宝くじで高額が当選したらどうする?
私の答えは「まず仕事を辞める」である。
おわり。
…とまあ、これだけで終わってしまっては悲しいので、少し語ってみることにしよう。
まず、宝くじでは、最近では1等の当選金が7億円という凄まじい額になっている。仮に、頑張って50年働くとしても、年収に換算すれば1400万円、共働きの時代として2で割っても700万円であり、ほとんどの人・世帯にとって、生涯年収を上回るはずだ。では、それだけのお金が手に入ったとき、果たして労働を続ける意味があるのか?
ということである。
――やれ、そもそも、昔は「宝くじが当たったらどうする?」的な話をしたら、海外旅行とか別荘とか、そういう話題になることが多かった(気がする)ので、現代の若者は夢が無くなったと言われるかもしれない。だが、それは少し話題がずれていて、夢の実現に仕事が邪魔になったのだ。現在では、家でゴロゴロしていれば娯楽はどれだけでも存在する。だからこそ、私は真っ先に「仕事を辞める」と断言するのである。なお、ここでは分かりやすさのため、あえて「仕事」と表現したが、義務教育を超える高校・大学などの学生であればそれを辞めることであるし、仕事に準じた金銭を目的とする行動を行っているのなら、それをやらないと考えて良い。法律的表現だと「仕事等」である。
これに対し、金銭だけでなく、仕事を「やりがい」や「生きがい」のために続ける価値があると考える人もいるかも知れない。
…が、私の考えは、正反対である。前職を“自己都合”で辞めた私にとっては、仕事によって「やりがい」「生きがい」を与えられるどころか、むしろその正反対であり、生きがいを奪う側の人間が何を白々とという感じである。私個人でも、このサイトの運営など、やりがいを持って行えることは山ほど存在するため、「やりがい」を上から目線で与えていただく必要性など一切存在しない。そもそも、目の前に目標(「頭痛が痛い」的な表現?)が無くなったとき、新たに「労働」を選ぶ人が、果たしてどれだけいるだろうか?
いや、この社会には、海外ボランティアとかで、それなりに居るな…。
――確かに、この日本社会の高度なサービスは、そうやって厳しい労働を行っている人たちに支えられていることは間違いない。医療、インフラ、治安、行政、食品、教育、機械製品、その他にも私が好んで遊ぶゲームだって、全て給料以上の働きをしている人たちの努力の結晶であろう。が、私は自分がそうなりたいとは全く思わない。そういう人たちを「尊敬する」などと軽々しい言葉で持ち上げる連中がいるが、「尊敬する(尊敬するだけ)」というのがほとんどであり、何の飯の種にもならない。尊敬するなら金をくれ。私は、この社会に自分から貢献しようなどと、もう二度とは思うまい。仕事はあくまで「お金を得るための苦行」と捉え、自分のやりたいことを他に持ちつつ、労働と距離を置いて生活していく。これを常に心に留めておかなければならない。そうしないと、社会に殺される!
というわけで。「宝くじが当たったら仕事を辞めますか?」は、軽い雑談のように見えて、その人の生き方や社会情勢を反映する、深い質問であるように思えてくる。辞める人には、空いた時間の活用法や、人生の計画性が必要だし、逆に辞めない人は、仕事に金銭以外の価値を感じているか、または前向きなお金の運用法があるということかもしれない。それはまさしく、個人の「生きがい」であり、どちらが優れているとも言い難いのである。
――さて。皆さまは、どう考えますか?
(2020年11月11日)
2020年11月の記事を 更新が新しい順に 全て表示しています。