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「自分が英雄になるゲーム」はお好き? / やり込みinFF

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管理人の日記
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2024年8月8日(木)
「自分が英雄になるゲーム」はお好き?


 
PS2ディスク版から、1回も移植/リメイクがされてないんだよな…


 
むしろ、嫌いな人とか居るの? という感じなのだが…。ゲームに限らず、創作作品において、「英雄」というのは、古今東西共通のテーマであるが、とりわけ、自分で操作を行うゲーム作品では、「プレイヤー=主人公」という趣が強い。かくして、主人公が世界を救うと、自分が世界を救ったのと同じような満足感が得られるのだ。「英雄になりたい」は、「モテたい」と同じくらい、創作の定番テーマであるように思う。
 ――さて、「主人公が英雄になるゲーム」の具体例として、例えば、
「ドラゴンクエスト」なんかは、初代からずっと主人公は「勇者」であり、物語のテーマは、「魔王を倒して世界を救う」で一貫している。そう言えば、初代では、途中で囚われの姫を救うというイベントがあった。「モテたい」「英雄になりたい」を一石二鳥する、神がかり的な作品であった…。

 そんな中で、私は、「エースコンバット」「地球防衛軍」の例を挙げてみたい。両者は、「プレイヤーは、軍隊をテーマとした組織に属する」「英雄と呼ばれる存在へと、主人公が成長していく」「無線音声を主軸とした演出が行われる」「一時期、
例のアレでXbox360にて展開していた」などと共通点が多く、恐らくファン層も重なっているであろう。
 …まず、エースコンバットからは、第4作
「エースコンバット04」(PS2/2001年)を題材とする。エースコンバットシリーズは、簡単操作で戦闘機を操れるフライトシューティング(「フライトシミュレーター」ではない)であり、現在は7作目までが発売されている。『04』については、前作『3』が、近未来をテーマとした深夜アニメそのものの、攻めまくった作風ということで、賛否両論になっていた。そのため、『04』では、再び、(見た目は)現実的な雰囲気の軍事シナリオに戻った。一方で、初のPS2作品ということで、ボリュームはそこそこであり、次作『5』のように、大作RPGのような派手さは無い。
 ――が、
その簡素さが、逆にコアなファンを生むに至ったのである。物語の語り部は、主人公ではなく、「戦争に翻弄される一人の少年」である。“その少年が、大人になってからの回想”という位置付けであるため、紙芝居形式であり、声優も「少年(の大人時代の声)の1人である。低予算ゲームのような演出と捉えられるかもしれないが、上手く世界観とマッチしており、批判の声は聞いたことが無い。ちなみに、初プレイ当時の私(当時中1)は、「へー、この少年がメビウス1か」などと珍妙すぎる解釈をしていた(もちろん、ムービーの少年とパイロットのメビウス1は別人である)

 そして。主人公は、
「メビウス1」と呼ばれるパイロットとして、戦争に身を投じていく。最初は、もう息も絶え絶えという戦況から、メビウス1の圧倒的主人公補正により、劣勢を跳ね返し、最終的に、勝利で終戦記念日を迎えることになる。ちなみに、顔は設定されておらず、セリフも用意されていない。
 …そんな中で、光るのが、
「無線音声」という演出だ。このゲームでは、味方の無線通信が入るだけでなく、謎に敵の会話も聞こえてくるのだが、それはともかくとし、ゲーム上の都合として異様な戦闘力を誇る主人公に対し、味方はもちろん、敵にも評判が広がり、味方からは頼もしい援軍として、そして敵からは悪魔的な存在として、それぞれ畏怖される。自分が、戦況を動かすほどのエースパイロットとして戦っている感が、強く味わえるのである。
 ――やれ、文字と英語音声だけの、今から考えると簡素な演出であるが、それだけに、シンプルな文字が強く印象に残る。『04』は、シリーズの中でも、地上攻撃ミッションが多く、しかも目標撃破ではなく、「制限時間内にどれだけの敵を倒せるか
(目標スコアを達成しても時間が来るまで終わらない)という形式が大半だ。というわけで、一筆書きゲーになりがちな内容だが、そこを、僅かな文字と音声の情報だけで、逆に「主人公が英雄になる渋いゲーム」という印象を残せるようになった。ゲームの演出というものは、分からないものである。

ストーリー強化に合わせて字幕が表示されるようになったのもGOOD


 次に。今度は、最近のゲームである
「地球防衛軍6」(PS5&4/2022年)について紹介したい。
 …まず、地球防衛軍シリーズにおいては、従来は
ストーリーはおまけとされることが多かった。主人公は、『3』以降、「ストーム1」というコールサインで呼ばれている(『3&4』と、『5&6』で、別人のはず…)。その名前だけでなく、無線音声の演出・軍隊テーマなどという類似性から、当初からエースコンバットの「メビウス1」と重ねる声は多く、ひょっとしたらオマージュだったのかもしれない。ただし、『3』〜『5』までは、ストーリー要素にそこまで力が入っていなかった(『5』は、力を入れたと聞いていたが、モンハンワールド並の空振りであった…)。そのため、「知ってるか? ストーム1はどんな戦場からでも必ず生還する。全ての敵を倒して」(『3P』/M51)などと、印象的なセリフが、カルト的に語られるに留まっていた。
 ――しかしながら。最新作の『6』では、
ストーリー要素が唐突に超強化された。主人公は、絶望的な戦況において、特異点と言える存在になり、伝説の兵士として、数々の戦場を渡り歩いていく。そして、少しずつ事態を好転させていく中で、主人公は「英雄」と称えられるようになっていく。極めつけとして、侵略者である「プライマー」との最終決戦では、主人公が主人公たる驚くべき仕掛けが用意され、その死闘を勝ち抜くことで、ついに人類の完全勝利という結末を迎えられる。そういった壮大なシナリオが、約150というミッション数で語られるのだ。うわあ、いきなりストーリーに力を入れるな!

 そういうわけで。
「主人公が英雄となるゲーム」は、どちらかと言うと、“主人公に強いキャラクター性を付与し、その心情変化を中心的に描写していく”というFFシリーズのような手法ではなく、「主人公=自分」を主とし、簡素なストーリー演出を心がける作品に合っているように思える。ゲーム内の主人公と自分を重ねて、ゲームの中で成長していき、最終的に「英雄」と呼ばれる存在になることで、苦労だけでなく、喜びも共有できるのだ。まあ、現実世界では、英雄どころか身の回りの人から尊敬されるのですら無理なのだが、だからこそ、ゲームの中くらい、夢を見させてほしいよなあ。
 …となると。次に、主人公が「英雄」と呼ばれるゲームとして期待できるのは、言わずと知れた
「モンスターハンター」だと思うのだ。モンハンは、初代からオンライン要素を持つ作品ということで、一貫して主人公はキャラクターメイク形式であり、声や性格など、明確な個性は設定されていない。
 ――やれ、PS4などで2018年に初登場した「モンスターハンターワールド」は、ストーリーに力を入れた作品だと聞いていたが、蓋を開けてみると、
まあ…うん…という感じであった。神話として語り継がれる「導きの青い星」と主人公が重ねられ、やがて「青い星」と呼ばれるようになっていくことから、何となくやりたいことは伝わってくるのだが、何となくしか伝わってこなかった。その後、追加パックの『アイスボーン』や、世界観を改めた『ライズ&サンブレイク』でも、状況は大きく変わっていない。でもまあ、新作の『ワイルズ』では、是非!

(2024年8月8日) 4144 PV

登録タグ/ ゲーム一般
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