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管理人の日記
アニメ「BLEACH」の平成シリーズを見終わりました。いよいよ千年血戦篇! …の前に、全4作の劇場版も見ておこう















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かつては、買い物のたびに、数十個を買っていたこともあったっけ |
「この年末年始も、生活が苦しい…」みたいなニュース記事で、「3食カップ麺を食べている」といった人が紹介されていることがある。しかし、カップ麺は、別に節約ではない。むしろ、その場しのぎを繰り返すことで、かえって生活を苦しくする悪手のように思えるのだ。
…というのも、カップ麺の最大の難点は、主食としての熱量だ。だいたい、一般的なカップ麺のカロリーは、1包装で300〜400kcal程度だ。いっぽうで、値段としては、常時調達を考えれば、100円くらいが下限となるだろう。当サイトでは、「カロリー倍率」という概念を提唱しており、「値段
[円] × カロリー倍率 = 熱量 [kcal]」の計算式に当てはめる。この数値が高いほど、熱量的なコストパフォーマンスが優れている。私の普段から使っている食品だと、料理として完結している物でも5倍程度であり、食材レベルで言えば、10倍を軽く超えている物がほとんどだ。100円で300〜400kcalのカップ麺は、カロリー倍率が3〜4倍であり、あまり良くないグループに入る。これを主食として捉えるのは、金銭的な効率が悪いということだ。
――ということで。実際、かつての私の生活では、カップ麺を大量に備蓄し、使い切れずに朝ごはん扱いとして消費していたようなこともあった(【日記:2024/5/19】)。しかし、そこから時が経ち、値上げをきっかけにして買わないようになる食品が大量に出てくる中、カップ麺もその対象となり、今では全くルーチンでは食べなく・買わなくなってしまったのだ(【日記:2025/5/26】)。
とはいえ、もちろんカップ麺にもメリットはある。例えば、最近だと、「健康診断で食事抜き→宴会」の流れで、作り置きが好ましくなくなったときに、大根を切って追加したカップ麺×2個を無理やり1食としていった。また、「どうしても耐えられなくなったときの夜食」や、「作り置きの回数的に朝ごはんが足りなくなってしまったとき」なども、カップ麺が活躍する。要は、緊急時のスピード食としては、カップ麺は最適なのだ。
…その他、幸いなことに、私はこれまでの人生で経験していないが、巨大災害などで、ライフラインが寸断されるときにも、カップ麺は活躍してくれると思われる。熱量こそ1食としては少ないものの、塩分が大量なため、最低限のスタミナを保証してくれる。平時には厄介な塩分だが、ここぞという場面では大活躍してくれるのだ。その他、汁をスープ料理としても楽しむことができ、今のような寒い状況では、体を温めることにより、精神的な支えにもなってくれるだろう。公助が来るまでの数日間、このカップ麺が有るか無いかでは、天と地ほどの差が出てくると思われる。
――ちなみに、現在の私は、夏頃に、在庫処分品として売っていた30円くらいのカップ麺を持っており(ミニとかじゃない普通サイズで、賞味期限も冬まで)、それを、各種の緊急避難的な用途に使っている。しかし、「カップ麺」という食品ジャンル自体に、上記のようなメリットがあり、それは「どら焼き」や「カロリーメイト風食品」といった冷たい保存食では、完全には代替しきれない。よって、今後もやはり、多少はカップ麺をローリングストックしていこうと思う。まあ、在庫処分はいつ起こるか分からないから、保険という意味合いも含めて、100円を切るくらいで買っていけば良いだろう。
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この真顔系少女もどんどん使っていきたい |
さて。話を、「3食カップ麺を食べている」という人に戻そう。仮にカップ麺が、100円・350kcalとして、これが節約ではないことは上で述べた通りだが、もっと重大な問題として、この「3食カップ麺」は、表面上の「金銭的貧困」だけでなく、もっと深い「構造的貧困」を象徴していると思うのだ。
…というのも。カップ麺は、その場しのぎとしては、非常に楽である。賞味期限が数カ月あるため、買ってさえおけば、作り置きのような準備が必要ない。お湯を電子ケトルのようなもので沸かせば、洗い物の発生は「箸」のみであり、それさえも割り箸で解決でき、ゴミ箱にポイするだけだ。そして、ある程度のラインナップが存在し、カップ麺だけでも、それなりに飽きない食生活が成り立ってしまう。「時間がない」「体力がない」「工夫ができない」、そういう人が、カップ麺3食に囚われてしまうのだ。あとは、ひょっとしたら、カップ麺に質素な食事という(実態とは異なる)イメージを持っていて、それを食べているだけで、節約している気持ちになっているのかもしれない。
――ちなみに、これはあくまで個人的な印象であるが、この手の人は、どこぞの大陸の人種と同じで、お金をあげても、すぐに使って、それで終わりとなってしまう。本当は、構造的な貧困から抜け出せるような施策を教えなければならないのに、目の前の金銭的貧困だけを助けて、それで終わりだ。もっとも、本人がその貧困から抜け出そうとしなければ、何をやっても無駄であり、こういうのはなかなか難しいのかもしれない。
というわけで。カップ麺3食は、“その場しのぎ”として、短期的な貧困は解決してくれるが、中長期的な解決にはならない。例えるなら、「スーパーに行くのが面倒だから、毎日コンビニで買う」とか、「洗濯機が買えないから、毎回コインランドリーを使う」とか、そういう感じだ。その場しのぎは、非効率なのだ。
――では、そこからどう抜け出せば良いのかというと、やはり、自炊である。たまに、自炊を「買うより高い」と言っている人が居るが、それは何かがおかしい。昔の、それこそ江戸時代とかの日本は、ほぼ全ての家庭で、自分たちの食べる料理を作っていた。そして皆さま体感している通り、これから日本は貧しくなり、本来の国力に戻っていく。昔のような生活に戻らないと、もう無理なのだ。具体的なメニューとしては、主食部分は「漬物乗せパスタ」、副菜部分は「大根とキャベツの味噌汁」とか、そんな感じだろうか。だがこれでも、「安価な輸入品を使えること」、そして「食材と作り置きを冷蔵庫に入れておけること」で、昔より圧倒的に暮らしやすくなっているのだ。
(2025年12月28日)















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